母の愛唄

あなたをこの胸に抱いた時から
ひとりじゃなくなった。
小さな覚悟と重圧を伴って
”ひとりじゃない”私たちになった。

”ひとりじゃない”を何億年
果てしなく繰り返して
今、この世に生まれ落ちた。

母の健やかな我欲は
あっさりと身をひそめ
寝る暇もなく育てに励む。
何億の慈しみと何億の哀しみを
脈々と鼓動させながら。
ー望むように生きてー
と。
壁の時計を見る。
慌てて出かけて行く背中。
テーブルに残された
こぼれたパンくずにさえ
子の気配を覚えて
愛の深さに途方にくれる。

母や父を思い出し
自分もそうして育てられてきたことに
気づく。
子の痛みを代わってやれない悲しみを抱え
それを取り除こうとするがゆえの摩擦さえ
愛だったのだと知り
頭を、垂れる。
そうしていつか子が望むように生きることが
母の生きる意味となり
地球は回る。
地球が回るたびに
子に託した祈りは膨張する。
ー望むように生きてー

それを生きれなかった茶色い戦火の時代をも
命をつなぎ、身を粉にして
指先を紅く染めながら
そのような時代がくることをひたすら願い。
何億もの慈しみと
何億もの哀しみの果てに
さあ、今、準備はできたよ。
すべての子どもたちに
ー望むように生きてー
深い深い源泉でつながっている
すべての母たちの
それが願い。

草原のコトノハ

母たちの唄 益子由実 YUMI MASUKO

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